5月2日

とても快適にぐっすりと眠ることができた。
こんなふかふかのベッドで寝ることができるとは思いもしなかった。
改めてSさんに感謝である。

写真を載せ忘れていた、昨日買って食べた晩ご飯。
厚揚げがジューシー(この表現が適切かはわからないが)であり、大変おいしかった。
鹿児島で初めて食べてそのおいしさに衝撃を受けた「ピーナッツ豆腐」を食後に食べる。
至福のひとときであった。

そしてこちらのホテル、なんと朝食バイキングまでついており、朝からしっかりと食べる事ができる。本当にSさんには感謝しかない。

メニューをひと通りお皿に盛らせてもらう。毎日お腹がぺこぺこで朝を迎えられ、朝ごはんを美味しく堪能できる幸せ。

普段は甘いものを食べないのであるが、デザートとして菓子パンを3ついただいた。
うぐいす餡の入ったデニッシュが絶品であった。チョコ系の生地にホワイトチョコが入ったデニッシュもまた美味であった。
とんだ贅沢をしてしまった。
そうしてしっかりと朝ごはんを食べ、栄養補給をしてからいよいよい萩往還のスタートを切る。


スタートとして、「三田尻御茶屋(英雲荘)」まで南下する。
英雲荘の石垣の前には萩往還の説明板や石標があり、ここから萩市までの参勤交代の道のりがはじまる思うとワクワクする。

先ほどホテルを出発する前、ロビーに置いてあったパンフレットに萩往還の道のりが記してあったので、写真を撮らせてもらった。
これを見ながら、黄色の道筋を進んでいく。

萩往還と言えど、もちろん昔の面影など残っておらず、住宅街などを進んでいく。

と、いきなり道標に出くわす。なかなか年季の入ったもので、テンションが上がる。

横からも写真を撮る。当時は、このような道標が大変役に立ったものと思われる。


引き続き歩いて行くと、なんと道路にも萩往還と書かれているではないか。
自治体レベルでこの萩往還を保存しようとしているのは、大変素晴らしいことだと感じた。
と同時に、自分が歴史の道を歩いているのを感じることができ、充実感でいっぱいとなる。


途中、神社があったので参拝をさせていただく。
昔、力自慢が集まって持ち上げられるかを競った力石が置いてあった。
3つの大きさがあり、ちょっと触ってみたが真ん中のものと1番大きいものは重すぎて持ち上げられる気がしなかった。
酸素濃度が今と昔では違い、昔は高い酸素濃度において大きな力が出せたと言う話しは聞いたことがあるが、それにしても昔の人は本当に怪力である。



マップに従って進み、観光スポットとなっている施設の前の説明板などを読みながら進んで行く。



「幸せます通り」を歩いて行く。
商店街を歩いて行くのはなんか楽しい気分となる。

こちらのお店(カフェ)の前を通ると、ゆったりとしたテンポのハワイアンな音楽がかかっていて、とても心地良い感覚に襲われた。
改めてハワイアンな音楽の素晴らしさに触れられた瞬間であった。



欄干橋と鯉のぼり、とても風流である。

水が使える休憩所もあり、旅行者に大変優しい道である。

そうして防府天満宮までの道のりを歩いて行く。


そうして天満宮に到着。
大変立派な神社である。後ろに山が見えるのもまた風情があって最高である。

境内もとても広い。天気も良く、清々しい気持ちで歩いて行く。


階段を上っている途中、酒垂神社があり参拝をさせていただく。
酒樽のお賽銭箱があり、大変興味深い。



引き続き階段を上がって行く。「幸せます」と大きく形どって並べられた色彩豊かな花たちがとても粋である。
手入れもしっかりとされていた。
そうして上まで到着すると、参拝をさせていただいた。
天気も良く空気も綺麗で、本当に気持ちが良い。
少しの間清々しい気分を楽しませていただいた後、また階段を降りて行く。


神社の前まで戻って来ると、当時の道のりを記した絵や、当時のこの地域の様子などを記した説明が書かれており、とても勉強になる。

ここから西に進んで行き、そこから再び北上する。少し峠に入ることとなり、とても楽しみである。

体重により、歩行時の消費エネルギーが増える旨が書かれた看板があった。
今の自分の体重は60キロを切る位であり、リュックの重さを加えると70キロを優に超す。
70キロの人が45分歩くと167kcalの消費なので、自分が1時間歩くと230kcalと言うところであろうか。
10時間歩けば2,300kcal、12時間歩けば2,700kcalちょっとと言うところであろうか。そりゃあ毎日お腹が空くわけである。


歴史の説明板や道標があり、歩いていて全く飽きることがない。


観光施設や歴史を感じる建物なども様々あり、通り過ぎるだけではあるがとても楽しい。



道標や石標がとにかくたくさんあり、普通に歩いていれば迷うことがない。とても親切な道である。

後ろに見える山がまた素晴らしく、とても癒される光景である。

休憩スポットも充実しており、至れり尽くせりである。



そうして少しずつ山の中に入って行く。
段々と旅をしている気分となってくる。

まだ皮がついたままの若い竹があった。皮が剥がれたばかりの場所は青々としており、触ってみるとツルツルであった。
それにしてもこの太さはすごい。

竹の成長速度の凄まじさである。まだ皮がついているのにこの高さ。恐るべし。

そうして山道に入る。


明治天皇が休憩をとられた場所があった。
少し小高い場所となっており、日当たりと風通しも良く、休憩を取るにはうってつけの場所となっている。
自分も10秒ほど休ませていただいた。


そうして引き続き山道を歩いて行く。

それほど時間がかからずに街に降りてきた。
観光スポットが色々あるようだ。

道路沿いを歩いて行くが、このような看板があるのはとても助かる。
この辺りで、萩往還について教えていただいたテント泊の達人さんに電話をかけた。
広島に行く予定であったがキャンセルとなったので、引き続き萩往還を歩く事とし、今とても充実した気分で歩いている旨を伝え、そして先日の美味しいお弁当の差し入れの事も含めて改めてお礼を伝えた。

そうして引き続きネットに出ているマップ情報を見ながら進むが、途中でこの郡境の碑に気づかずに通り過ぎてしまった。




引き続きマップ&看板を見ながら進んでいく。ある種、ウォークラリーをしているような気分となるのもまた楽しい。


説明板の置いてある休憩ポイントがあり、30秒ほどしっかりと休ませていただいた。

ちょっと恥ずかしそうな犬がとても可愛い。

少しわかりづらい道には、ちゃんと看板が設置してあり大変ありがたい。



分かれ道などにもちゃんと道標が設置してあり、迷わないようになっている。



所々で歴史も学べ、本当に楽しい。

そうして歩いていると、お腹が空いてきてしまった。
自分のお気に入りである「ゆめタウン」で晩御飯を食べることとする。

ありがたいことにイートインコーナーがあったので、買ったものを早速食べる。
自分が食べたいと思うものを選んで買った結果、こんなヘンテコリンな組み合わせとなった。
堅い岩豆腐と言うのが気になったので食べてみたが、食べ応えがあり味も美味しいものであった。
自分は固めの豆腐が好きなようであると改めて実感した。


そうして再び歩いて行くと、「鰐石の重岩」なる巨岩があった。
萩往還を歩いていた昔の人々は、これを山口の町の入口の目印としたようであった。

日も暮れてきたので、お風呂が入れそうな場所を検索してみると銭湯があり、そこへ向かう。


こちらの銭湯に入らせていただく事とした。銭湯スタイルではあるが、お湯は温泉と言う珍しいものであった。
浴槽は2つあり、普通の湯温と激熱の湯温と言うものであった。
まず体を洗い、普通の湯温の浴槽に入って温まった後で激熱の浴槽に入る。
かなり熱いが、これは体の芯から温まりそうである。
そうして入っていると、大学生位と思われる人が2人、こちらの浴槽に入ってきた。
普通の湯温の浴槽に入らず、いきなりこちらの浴槽に入ってきたので、2人共もの凄く辛そうな顔をしながら腰から上を浴槽に入れようとしている。
だが、ちょっとしゃがんで身体を下げては「あちちちち!」と言って立ち上がり、身体を掻いて冷ましては、またしゃがんで少しずつ入ろうとしては「あちちちち!」と言って立ち上がっている。
結局1人は肩まで浸かる事はできたが、もう1人は諦めて普通の湯温の浴槽に入っていた。
何事も段取りが肝心と感じた瞬間であった。
そうして身体がポカポカの状態となり、寝床を探して歩く事とした。

今は5月であるが山口オクトーバーフェストとはなんぞや、と思いながら歩いて行く。

そうして中央公園を通ると、向こうに何やら賑やかな雰囲気のスペースがあるではないか。

なんとオクトーバーフェストをやっていた。


お店や食べ物が並んでおり、その反対側にはテーブルや椅子がたくさん並んだ飲食スペースがあり、たくさんの人で賑わっている。
お祭り好きな自分にはこの雰囲気がたまらなく、少しの間この雰囲気を楽しんでいた。
そしてまた歩き出して、今夜泊まれそうな公園に目星をつけて歩いて行く。
着いた公園はかなり大きめの公園であり、寝られそうなスペースを探して公園内を更に歩く事となる。
夜も21時を普通に過ぎているが散歩をしている人がまあまあいるため、なかなか寝場所が定まらない。
そうして見つけた場所は散歩をする人の邪魔にならず、トイレも近い場所ではあるが、大きい道路がすぐ横を通っているため音がなかなか大きい場所であった。
とりあえずテントを張って22:30頃に横になる事ができた。
耳栓をして眠りに就く。
