歩き1人旅

歩き旅〜萩往還編〜 5/4

5月4日

蛙さんたちの鳴き声を聞きながら、熟睡する事が出来た。

朝ごはんにアーモンドときな粉を食べる。
お腹が空いているのでとにかく美味しい。

テントをたたみ、出発する事とした。
今日も天気が良くてとても清々しい。良い1日になりそうである。

朝のきれいな空気を吸いながら、進んで行く。

石橋も、叩かずに渡って行く。

分岐でも迷わないよう、ちゃんと目印がある。

自然と一体化している石畳。味があって素晴らしい。

天気も景色も空気も、何から何まで最高である。

完全に一体化している。自然の神秘である。

水の流れを聞き、癒されながら進んで行く。

サクサク進んで行く。今日で萩市まで着いてしまうので、残りの道をしっかりと満喫する。

注意書きの看板があり、草刈りもされている。とても親切で手入れの行き届いた道である。

引き続き進んでいく。少し道路を歩く場所なども出てくる。

幅が狭めの石畳。これまた味があって素晴らしい。

木の根っこが、石畳を横切っている。
石も丸いものが多く、大変長い年月をかけて沢山の人々がこの上を歩いていたのだろう。
こうした時の流れを想うと、感慨深い気持ちになる。

石垣の横を歩いて行く。日陰が涼しい。

動物が通れないように柵が設置してあった。開けて通り、再び閉める。

昨日は雨ではなかったが、水が溜まってぬかるんでいる道。
できるだけ濡れないように、草の上を歩いて行く。

再び柵が現れる。こちらも開けて通り、再び閉める。

そうして矢印の通りに進んで道路を渡り、少し歩いた後でまた山道に入る。

山口に入ると、すぐに休憩所兼展望所があった。

景色を見ようと登ってみる。

かなり向こうまで見渡せる素晴らしい景色である。

おとぎ話の世界にでも入って行きそうな雰囲気を醸し出している。
これがまた歩いていて楽しい。

柵が現れた。こちらの柵には注意書きが書かれている。
書かれている通りに柵を開けて通った後、また閉める。

見てみると、ティガーがいた。
やはりくまのプーさんの世界であったか。

駕籠建場と茶屋があった場所。
塩漬けされた八重桜をお茶にしたものが飲めたとの記載がある。素晴らしい。

珍しい植物が咲いていたので、パシャリ。

引き続き、目印通りに進んで行く。

土砂崩れの恐れがあるとの看板。
本当に自然災害はいつ起こるかわからない。

「クマに注意」との看板。加えて、「この先携帯電話不感地帯」との看板。
この看板コンビはなかなか怖いものがある。
左の看板が「クマ(のプーさんの可愛さ)に注意」である事を願うばかりだ。

とりあえず怖いので、またスマホでSpotifyを最大音量で流しながら進んで行く。

自然と同化した石畳が続き、景色はとても素晴らしい。

休憩所に到着。

次の休憩所までの距離が書いてあり、とても親切である。

屋根を見ると、自然と一体化し始めている。とても味がある。
身体は疲れていなかったので、引き続き歩いて行く。

常に「歴史の道」を歩いていると言う気持ちにさせてくれる、目印や看板の数々。

引き続き、山道を歩いて行く。

気づけば、7合目まで谷を降りてきていたようである。

大変素晴らしい話が書かれていた。
石大工の青年2人が、石垣を作るにあたって多大なる貢献をし、藩公がその働きに対する望みを聞くと、郷土の人たちの通行税の免除を申し出たと言う。
利他の心に溢れた、大変心打たれる話である。

ふと足元を見ると、靴から繊維がほつれており、それに植物が引っかかっていた。

5合目、4合目と、少しずつずつ下りて行く。

そうして歩いて行くと、向こうからリュックを背負った恰幅のよい男性が歩いてきた。息を切らしながら、「まだ先は長いですかね?」と聞いてきたので、「もう少し進んでいくと4号目です。頑張ってください!」と伝えると、希望に目を輝かせて「ありがとうございます!」と言い、すれ違った。

人生もこのようなものなのであろうか。
大変ではあるが、一歩一歩進んでいくと、気づいたときにはある程度の高さまで登っている。そしてそこから眺める景色がまた素晴らしい。

3合目まで降りてきた。

一升谷の由来が書いてあった。急な上り坂であり、炒り豆を食べながら歩いて行くと、登り終えるまでに、ちょうど1升分の豆が無くなるほど過酷と言う事である。
1升と言うと、1キロを軽く超えるはずなのでなかなかの量の豆である。
豆好きの自分でもそこまでは食べられる気がしない。

引き続き、下りて行く。

街に出てくると、何やら人が沢山いた。

貼ってあったポスターを見ると、なんと萩往還祭りなるものを開いているではないか。祭り好きとしては、嬉しいサプライズである。

明木(あきらぎ)市の商店街を歩きながら、お祭りの雰囲気を楽しむ。
各お店の前に色々なものが並べられてており、陶器の食器類やハンドメイドの商品など、様々なものが並んでいた。

お祭りの中心にある広場では、催し物が開催されており、歌や踊りなど様々なものを見ることができる場所となっていた。

お腹が減ってきていたので、何かお祭りっぽいものを食べたいと思い山菜おこわを購入。美味しそうである。

先程の石大工の青年2人の話が書かれている看板。
この2人、故郷の人々のためになる行動をすると言う、改めて大変奇特な心がけであると感じる。

お腹が空いているので、早速おこわご飯をいただく。
モチモチとしたお米の食感に、醤油やみりんや出汁と言った純和風な味付けがしっかりと効いており、椎茸の旨みや食感、そして山菜の風味や歯ごたえがアクセントとなり、とても美味しい。
気がつけばあっという間に食べ終えていた。

引き続き萩往還を進んで行く。

途中、土が崩れそうになっており、木の根が丸見えの部分があった。
ここまで深く根が張るのかと思うと、改めて植物の生命力の凄まじさを感じた。

そうして再び吉田松陰の読んだ詩を刻んだ石碑に出会い、立ち止まり少し休憩を取ってからまた歩き出す。

道路に矢印で道が示されており、大変わかりやすい。

とてものどかで癒される景色である。

見てみると、シャツに虫さんが止まっていた。これまたとても癒される。

和平交渉の使者として派遣されたが、和平交渉を思わないものに殺められてしまった方たちについて書かれている。
若くしてこのような形で亡くなることとなってしまい、大変無念だったのではなかろうか。
自分が今この時代に生きていられる事は、本当に有り難いことなのだと再認識させられた。

とても親切な案内があちこちにある。

引き続き、気持ちの良い道を歩いて行く。

落石の跡があった。なかなか大きい石が落ちてきている。こういったものは本当にいつ起こるかわからない。

烏帽子岩なる、苔むした岩があった。なんとなくパワーをもらえそうな雰囲気である。自分は霊感などは全くないが。

そうして歩いて行くと、休憩所に到着。

屋根の苔むし具合が大変素晴らしい。
疲れてはいなかったので、写真を撮った後そのまま通り過ぎた。

歴史を感じるトンネル(隧道)があった。
ただ、この道は正規の萩往還ルートではないので、写真だけ撮って正規ルートへと戻る。

横を見ると、一面に変わった植物が茂っている。

トンネルとの分岐点まで戻ってきた。こちらの階段を上っていくのが正規ルートである。

1段1段の段差がなかなかある階段を上って行く。自分の脚もよく頑張ってくれているものだ。

そして駕籠立場に到着。写真を撮り、引き続き進んで行く。

倒木ゾーンを横目に進んで行く。

分かれ道が出てくるたびに矢印板が立っており、迷わないようになっている。

マラソンとピクニックを掛け合わせた「マラニック」なる大会が開かれているようである。
天気も良いので、この道を走る(歩く?)のは本当に気持ちが良いだろう。

そうして歩いていくと、いきなり駐車場に出食わしたので驚いた。

なんと、「道の駅萩往還」であった。
とにかくたくさんの観光客がいるではないか。アジアの観光客だけではなく、欧米からの観光客と思われる海外の方々もいる。

偉人たちの銅像がずらりと並んでいる。
これは歴史好きな人には堪らないであろう。

レストランには色々と美味しそうなお品書きが書いてある。そしてなんと自分が未だ食べたことのない「瓦そば」があるではないか!とても美味しそうである。
しかしゴールデンウィークと言うこともあり、1時間待ちほどの大賑わいであったので、諦めることとした。

「夏みかんソフト」なるおいしそうなソフトクリームを販売していた。
かなり人気のようである。

直売所で、燻製卵とお豆腐を購入。後で食べるのが楽しみである。

引き続き、萩往還を歩く事とした。
地下通路を通り、道の反対側へと行く。
ここにまで矢印板があるのは凄い。

また山道に入って行く。

この場所は処刑場跡と書いてあるが、日光もしっかり入ってきておりおどろおどろしい雰囲気は全くないのが有難い。

竹の成長が凄まじい。太さも北海道ではまず見られないものである。

引き続き進んで行き、一里塚を通り過ぎる。

道路に出て来た。

看板によると、江戸時代に山口へ向かう際に萩の城下町が見える最後の場所、ここで萩の方を振り返り涙を流す事から呼ばれた「涙松」。
昔は今とは違い、簡単には故郷へと戻る事が出来なく、旅の道中で危険な目に合う事も多かったであろう。
今この時代に生きていられる事が幸せな事であると感じた。

町に入る。とても味のある郵便ポストが素晴らしい。

久々に枇杷を見た。北海道で売っているのはあまり見かけない果物なので、自分はその美味しさにまだ気付けていない。

至る所に看板や矢印があり、迷わずに進んで行く。

風見鶏と風見兎があった。とても可愛いデザインである。
このような風見鶏のある家がこの辺りには多く、なんかお洒落な雰囲気であった。

お腹が空いて来たので、お待ちかねのご飯タイムとした。

イートインコーナーで早速買ったものを食べる。こちらのスーパーで買っていないものもあるので申し訳ないが、ここで食べさせていただく。
山口県産大豆を使った豆腐は、あっさりとした味ではあったが美味しくいただいた。

道の駅で購入した燻製たまご。どんな味なのか気になる。

良い燻製具合のようである。早速食べてみる。

想像よりも控えめな燻し具合であったが、これはこれで美味しい。

腹ごしらえを終え、再び萩を目指して歩く。

観光気分も味わいながら北へと足を進める。

そうして萩駅まで到着。
西洋風の立派な駅舎を横目に、萩往還の終着点を目指して歩いて行く。

神社があったので、参拝をさせていただく。時代を感じる写真があり、休憩がてらしばしの間、写真を眺めながら当時を勝手に想像させていただき勝手に懐かしい気持ちになる。

目的地到着まであと少しのようである。

そうして最終目的地へと到着。

高札場があった場所で、当時の札場を復元している。

昔の人はこうしてお触れ書きなどに目を通していた事を考えると、感慨深い気持ちとなる。
丸々3日かけてここまで歩き通してきた事による達成感や疲労感もあり、なんかジーンとした気持ちとなった。

高札場の隣には広場があり、こちらのベンチで少し休ませていただくこととした。

数々の偉人とその功績が短くまとめられた看板があり、見ているだけで面白い。
銅像の横に座らせていただき、しばし休憩を取る。
靴を脱ぎ、足裏を揉むと気持ちが良いことに気づき、少しマッサージをする。

そうして休憩を取った後、観光案内図を見ると萩城の城下町まで相当遠くないことに気づき、身体は疲れてはいるがまだ日も暮れていないので見に行くこととした。

偉人にまつわる建物などが各所にある。
ぶらぶらと歩いて回るだけでも楽しそうである。

この時代を感じる街並み、大変素晴らしい。歩いているだけで懐古欲(と言うので合っているのだろうか)が満たされていく感覚となる。
陶器を扱っているお店が多く並んでいた。さすが萩焼き発祥の地である。

広場では、お父さんと子供がボール遊びをしており、のほほんとした雰囲気であった。とても癒される。

大変立派な像があり、その横左右にある植物もまた立派である。

萩城跡がすぐそこである。産業革命遺産とあり、楽しみである。

石垣も立派である。大きな石の間にしっかりと小さなものが敷き詰められている。このようなものを作り上げるのに、大変な労力を要したのであろう。凄すぎる。

こうして歴史に触れながら歩くことができるのも素晴らしい。

入り組んであり、簡単には城まで辿り着けないようになっているようである。

そうして萩城跡に到着。
中に入るには有料のようであったので、外から眺めるのに留めさせていただく。

周りのお掘りも大変立派である。
日も暮れ始めてきたので、戻る事とした。

サギさんがいた。写真をパシャリと撮ると、羽ばたいて行ってしまった。
申し訳ない事をしてしまった。

土の感じがむき出しの壁があった。
もともとこういう感じであったのか、補修したからなのかが分からないが、面白い。

そうして商店街を歩き、今夜寝る場所について考える。
雨も降っていないので、どこかの公園で寝ることにしよう。

上を見ると、各所にのぼりが下りており、方言が書かれていた。裏を見ると、その意味が書かれており大変興味深い。
そうして方言に触れながら、商店街を歩いて行く。

そうして日も暮れて来た頃、スーパーに寄り明日の朝ご飯などを購入。

そしてそのすぐそばにあるコインランドリーに行く。

大変リーズナブルなコインランドリーである。200円で洗濯ができ、一般的に乾燥は10分100円であるのに、こちらでは12分できる。
張り紙を見ると、周辺に競合他社があるため努力をしている様子が窺えた。これは凄い。利用者としても大変有難い。

そうして1時間ちょっとほどかけて洗濯&乾燥を終わらせると、外は真っ暗であったが寝られそうな公園を目指して歩き始めた。
身体は疲れきっているが、もう少し頑張れと言い聞かせて足を進める。
よさげな公園が見つかった頃には22時近くであったが、テントをこっそりと張って23時過ぎには眠りについた。

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